四万十川ウルトラマラソン挑戦
2008年10月19日
hamaguriさんの完走記


 私は40kmというのは昔から人間が1日に歩く距離と聞いていたので、やれば何とかなるだろう、と思っていましたが、100kmも走るというのは信じられませんでした。まして、周りのみんなが「胃薬を飲みながら走る」「痛み止めを飲んで走る」というのを聞いて、なんで気持ちが悪い思いまでして走るのか、と甚だ疑念を抱き、「自分がウルトラに出ることはまずないだろう」と思っていました。
 そんな自分がウルトラに出ようと思ったのは、まず知り合いの障害者の方が「しまなみ海道」に出てみたい、といったことが始まりでした。
自分が頑張れば付き添ってあげられるかもしれない、と思いましたが、結局迷っているうちにしまなみの申し込み定員がきてしまいました。
 5月にたけちゃんやピロピロさん、はっちんさんと話していたときに、萩の話題になり、暗い夜道を走って、お化けが出るポイントがある?ということを聞き、怖い物好きの私は「それはちょっと行ってみたいな・・・・」と思いました。しかし、100kmも走った事がないのに140kmはどうなの?と思い、萩へのステップレースとしてそのとき申し込めた四万十にエントリーしました。それに四万十川はいつか見てみたいと思っていましたが中々行く機会もなく、また蒸し暑いのが大の苦手の私には、10月ならまだ耐えられると思ったのです。それから、弱気な動機ですが抽選に落ちたら出なくてもいいし、リタイアしたいと思ったらバスに乗ればいいし・・・しまなみでは蒸し暑そうだし自分で帰らないといけないのがネックでした。
 旦那と2人で申し込みましたが、やはり男性のほうは競争率が高いらしく、私だけが当選しました。
 それからウルトラに向けての練習が開始されるかと思いきや、仕事仕事でろくに練習期間がとれず、というかやる気がなく8月を迎えました。
このままではいけないと思い、仕事帰りにはっちんさんと走ったり、早朝の練習会に行ったり那岐登山で7時間連続で動こうとしたり、合宿に行ったりと頑張りました。
 しかし9月になって本格的に仕事が忙しくなり、日中は9時から18時まで外で日に当たって、帰ってきたら事務仕事をやる気力もなく、帰る日が続きました。
 出来るだけ長い時間動き続けることを目標として、葡萄マラソンの日に20km走って帰りを自走する、という練習も敢行しました。しかし急激な下りでぶりがついて、脚に負担がかかったのか真備町辺りでリタイア。
 わずか44kmで脚が痛くなってしまい、このままではとてもウルトラには挑戦できない・・・と思いました。
そんなある日、NHKの深夜番組で飛脚の話をやっていました。昔の人も、1日に100km近く荷物を担いで走ったりしていたのです!それも山道をわらじで。これを見て、一縷の望みが出てきました。
 その後福田5時間走、県庁の5時間走と、ブラインドのランナーさんとご一緒する機会があり、その方たちのひたむきさに非常に元気をもらいました。60歳から走り出した人もいます。とても若々しくて明るい人ばかりでした。私は1周するごとに飲み物を飲んだり、食べたり・・・と結局20kmくらいしか走ってないのに、ブラインドの方は休まずにこつこつと走って結局30km以上走った方もいらっしゃいました。その方たちの「走らせてもらってありがたい」という言葉に非常に感じるものがありました。
 ともすると「走ってる自分すげぇ」と自分に酔いしれがちですが、周りの人の理解とか、協力があることを忘れてはいけないな、と。
 結局最後の2週間くらいは殆ど練習もできませんでしたが、切り替えて「走りたい気持ちを溜めてウルトラで発散するぞ」と思うことにしました。多分中には「こんな練習じゃ完走なんてできない、甘い甘い」と思われてた人もいると思います。確かにそのとおりだと思います。
 仕事のせいで練習できなかった、という言い訳は出来ますが、そんな言い訳しても完走できるわけでもなく、何のためにもならない・・・
 それに途中で苦しくなったときに、「あの時仕事さえなければ」なんて人のせいにしては最悪です。
 しかし練習不足は練習不足として、ウルトラは甘くはないけど、せめて自分だけは自分を諦めず、走れるチャンスを与えてもらったことを感謝して、いけるところまで頑張ろう!と思いました。

 金曜日から、高知へ出発しました。月曜日は休んでも観光は無理だから、であれば前もってしてしまえ!という算段です。
 金曜の目標は30番札所から、36番札所まで行きましたが、車で寺に向かっている途中に「遍路路」を見つけてしまい、旦那には車で先に上ってもらい、一人で行ってみました。
 遍路路はトレイルランでとても楽しかったです。距離的には短かったですけど、それまでサボってたぶん、早く走りたい!とワクワクしてきました。
 次の日は窪川にあるお寺から、足摺岬まで。この間はなんと99kmもあるそうです。普通の歩き遍路では2泊以上かかります。私達は四万十のエントリー前に観光気分で車で向かってしまいましたが・・・
 途中、雄大な太平洋の脇の道を何人も歩いているお遍路さんを見ました。そして私もいつか歩いてみたいな・・・と思いました。無理だけど。そうか、その代わりに四万十で完走すればいいのだ。このとき初めて、四万十を完走する!とはっきりした目標が出来ました。
 そして、途中の自販機でジュースを買おうとしたらおつりがいっぱい出てきて(前の人の取り忘れ?)このお金でお大師様の形をしたキーホルダーを買いました。
 明日は、このお大師様を窪川から足摺の寺へお運びするつもりで頑張るぞ、と思いました。
 結局39番札所(宿毛)まで回ったら3時を過ぎ、受付会場に着いたのは4時を回っていました。
 そこでピロピロさん・広島の人たちに会いました。ランナーズの売り場があったので、手ごろな背負いのポーチと、アームウォーマー、ランニングパレオ(1000円と安かったので腹巻代わりに。)などを購入しました。
 その後、前夜祭会場に向かいましたが微妙に時間が遅かったらしく、ついた瞬間にはもう人ごみでたろうさんたちがどこにいるのかなんて全然分かりませんでした。料理も殆ど無くなっていて、次々追加はされるもののバーゲンセールよりもひどい人ごみに圧倒されて、すぐに取れたちらし寿司と、こんにゃくのいなり寿司、たろうさんが取っていてくれた(食べ切れなかった)おでんを食べて帰りました。

 その日の夜は色々と準備しましたが9時半には寝ていました。そして3時にめざましをセットしましたが2時59分に奇跡的に目覚め、めざましをあらかじめとめました。
 宿毛とはいえ、何人かウルトラ出走者が宿泊しているようで、3時なのにガタガタと音が聞こえました。3時半には出発しましたが、結局受付会場に着いたのは4時を過ぎていました。そこからバスを待ったのですが中々バスが来ず、結局20分くらい待ってようやくバスが来ました。
 会場の蕨岡中学に着くと、まだ暗い中に太鼓を叩いてくれたり、たいまつをあげてくれたりと祭りムードが高まってきます。
 人は沢山いて、私がサングラスを落としただけで何人もの人が「落ちたよ」と声をかけてきたり、Tシャツが反対だったことを指摘されたり・・・ということが続き心細くなってきました。
 着替えたり色々準備して、ふと気がついたらクロちゃんたちと待会わせ時間の5時になっていました。そこでたろうさんを偶然みつけ、すぐそばにクロちゃんもいました。そこでたろうさんが作ってくれたお手製のゼッケンを前後ろに付けました。忙しい中このようなものを作ってもらって、なんてありがたいのでしょう。
 ピロピロさんはトイレに並んでいたようで仕方なく荷物だけ預けて、3人でスタートに向かいました。なんとかピロピロさんもスタート地点には間に合いました。

 スタートのゲートをくぐるまではトロトロ・・・としていましたが、ゲートをくぐった瞬間みんな普通に走っていて驚きました。
 私は、キロ7分以上のペースで走るならもっと遅くていいだろう・・・と高をくくっていましたが。
 朝まだ暗いうちから沿道には応援の人が出てくれています。それだけでも本当にありがたいなと思います。沿道にはろうそくが沢山灯っていて幻想的な雰囲気です。
 ピロピロさんとクロちゃんは前に行きました。たろうさんもてっきり一緒に行かれるかと思いきや、私の近くにいてくれました。でも話しかけるほどの余裕もなく、ハァハァいいながら、このペースで走りきれるのか・・・と疑問に思いました。
 はじめの5kmくらいはエイドもなく、トイレもありません。トイレにはスタート前に行きたかったですが、ピロピロさんが並んでて間に合いそうもなかったので、後から行っても到底無理だ、と我慢していましたが、走り始めてウォーミングアップが出来てくると膀胱に溜まるのか、かなり辛いです。
こうなると、「いつトイレが現れるんだろう・・・」ということで頭が支配されてしまいます。
 コースは渓流沿いの細い山道を緩やかなカーブに沿っていきます。途中で崖に向かって立ち小便する人もちらほら・・・
 我慢できなくなり、9kmくらいでトイレに行くことにしました。そこでたろうさんには先に行ってもらう事にすると、ピロピロさんがトイレの列に並んでいました。結局私の後ろには1人しか並ばず、前には10人以上・・・多分10分くらい待ちましたが、走者はどんどんいなくなり、最後には収容者がトイレの目の前で待機しているではありませんか!
 ウルトラにきて9kmで収容ってさすがに間抜けすぎる・・・。と思いましたが、待っている間に呼吸が落ち着いたのか、大分楽に走れるようになりました。
 そして1人ぼっちなので、声援を独り占めして(笑)しばらく気楽に走ることにしました。が、そうこうしているうちに、1人抜き2人抜き、最終ランナーではなくなったようでした。
 だんだん、山の中っぽくなってきますが、16kmを過ぎた辺りから本格的な登りが始まりました。当初、「きつい」と聞いていたのでどれだけきついのか心配でした。ただここで頑張ってあと走れないと困るので、1分は歩き、2分は走るという方法でいくと、意外に8〜9分/kmでいけることが分かってきました。20kmを2時間41分で通過、何とか予定より早かったかな?と思いましたが送られてきたGTメールの予想では、ゴール時刻15時間23分って・・・ダメじゃん。と思いながら、思ったより苦しむこともなく、頂上に到達しました。そこではカステラ、チョコレート、バナナ、おにぎりに加えて塩を取りました。その後毎回、塩を見るたびに舐めていたのがよかったのか、痙攣や吐き気は100km中起こりませんでした。
 くだりは、慎重に降りていたら10分/kmかかってしまいました。
 下りになると急に元気になる若者の走りを眺めたりしながら何とか走っていました。今までは小川の左側を走るような道でしたが、30kmを過ぎた辺りで右手に大きな川が見えました。近くを走っている人が、ボランティアの人に「これ四万十川ですか?」と聞き、「キター!キター!!」と連発していました。そうか。やっと四万十川に会えました。エメラルドグリーンのきれいな川です。
 今まで山の中だったし朝で涼しかったのですが、この辺りから日向に出て走るようになり、不安になってきました。暑いのは大の苦手です。でもそれほど蒸し暑くはないので、何とかこの状態なら持ちこたえるかな?と思いました。32km位でアマグリから「35km辺りの大正橋にいる」とのメールがあったのでそこまでは頑張ろう、と思いました。でも中々そこまで着くのが長いような気がしました。だんだん、脚が重くなってくるし、周りの人も歩いたりしています。というかフルマラソンでもこの距離くらいから疲れてくるので当たり前かと思いました。この先長すぎます。
 35km過ぎても橋なんかでてこないし・・・と思ったらしばらくすぎたところでエイドの先に橋が見えました。エイドの方が水を沢山ペットボトルにも追加してくれました。とてもありがたいです。水がないと私は走れないのです。橋でアマグリを見つけみかんをもらったり写真を取ったりしました。しばらくして37kmの関門は通過できたので、まあこれで恥をさらすことはないな、と一安心です。40kmを5時間11分とGTメールの予想より若干早くつきましたが、相変わらずゴール予想は15時間・・・しかし思ったほど、脚に疲れもなくあっという間にフルマラソンの距離を通過しました。この分で行くと50kmは7時間を切れそうな気がして、ちょっと色気が出てきました。その後、関門を考えなければ7km×7時間でいけるかな・・・万が一歩きになってしまっても5×7で85kmまではいけるはずだから、まあ歩けなくなるまでは頑張ろう、と思いました。が途中で弱気になって「カヌー館まで行けばいいんじゃね」という気持ちと「いや歩いてももっといけるだろう」という気持ちが交錯していました。
 少し行くと養豚の小屋から、ビリージョエルのピアノマンが聞こえてきました。なんて素敵な養豚小屋でしょう。今まで頭の中を流れていた音楽が「隣のトトロ」から「ピアノマン」に変わりました。50kmを12時過ぎに通過し、6時間32分でした。「おっ?!」これならカヌー間で30分休んでも余裕だ!とわけの分からない計算をしながら進んでいくと、ちょっと右足の裏が擦れてきたように感じたので、靴下を脱いで見たところ皮は剥けてなかったので絆創膏を張りました。これでいい感じで走れそうです。しばらく列車の高架のようなところの脇を走りましたが、所々涼しい風が吹き抜けていきます。とても爽やかです。どこだったか覚えてないですが、「ライダーハウスの個室」がトイレとして提供されてました。トイレに行きたくなったのでその個室に入り、汗を拭いたりしました。これは便利です。その後、持ってきた「パワージェル」を食べてみました。もっとまずいものを想像していましたが、意外とジャムを口の中に入れている感じで平気でした。
 アマグリから50km過ぎの沈下端のそばで待っている・・・とメールがありましたが50km過ぎても全然橋なんてありません。もしかして通り過ぎたかな?と思ったらまだまだ先、55kmくらいのところとのこと。数キロの違いでもとても長く感じます。
 やっと沈下橋にやってきました!本当にきれいな川です。ここまでこれて本当によかったです。とりあえずカメラをアマグリに渡すことにしました。ここまできたら、とりあえず目標のカヌー館を目標に頑張るしかありません。ただ、徐々に走るのに飽きてきたというか集中力が続かずに、歩いてメールを見たりしていました。だんだん貯金が削られてきました。途中、2番目にきついアップダウンが出てきました。でもここもそれほど焦らずに、歩いて・走ってを繰り返していたら何とかいけました。途中、県庁の人を見つけましたが、いつもは速い人のはずなのに何かあったのかな・と思ったら首が痛いからもうリタイアするわ。とのこと。やっぱり体調が響くものなんだ、と思いました。ただ、「ここからイーブンで行けば完走できるわ。」といわれ、「無理そうですが頑張ってみます」と登って行きました。ただ、くだりでは慎重を期してノンビリ行ってたのでアッサリ抜き返されました。
 
 しばらく、広い道にでてすぐそばをびゅんびゅんと車が通過していきますが、隣には相変わらず雄大な四万十川が見えます。結局県庁の人をまた抜きました。多分リタイアされるのでしょう・・・。出来るだけ、周りの環境を楽しみながら走ろうと思っていたので、静かな川を眺めながら進みます。遠くで縦笛のような音がします。耳を澄ますと「オリビアを聞きながら」でした。うーん、なんかマラソンにはあわないけど素敵な音楽です。おじさんがオカリナで応援してくれているのでした。次は「アメージンググレース」で、なんか川の静かさとマッチしていいなぁ〜、通り過ぎるときに手を振ってお礼をしました。通り過ぎてもまだ音が聞こえますが、なんと次の曲は「千の風になって」でした。えっそんな選曲・・(笑)ただ、天国のおじいちゃんや義理のおばあちゃんのことを思い出して、ちょっと泣きそうになりました。レースと関係ないのに。ただ、背中にお大師様のお守りも入っているので、供養の意味も込めて頑張って走ろう、とまた元気が出てきました。
 沿道の人が「もうすぐカヌー館だよ」と教えてくれます。なので目を凝らして道路の看板などを見ようとしますが、「あと何キロ」という表示もなく、また私は道路沿いにあると思っていたらカヌー館なので当然川岸にあります。なので見えませんでした。実際カヌー館までは沢山折れ曲がっていかないといけません、が、やっとカヌー館に来れたと思ったら物凄く安心しました。ここでアマグリが待機しており、早速足をもませます(笑)むちゃくちゃ痛いです。着替えようかと思いましたが、時間が無いので休憩は15分ときめました。食べ物はついたとたんにカステラもおにぎりもクリームパンも味噌汁も頂きましたが、荷物の中に入っている食べ物を詰め替えたりして、それまで持っていた分を食べました。食べすぎです。隣では芝生の上で大の字になっておじさんが寝ています。いいなぁ、このままここで寝たいな。と思ってしばらくまったりしているとピロピロさんがいました!
まさかお会いできるとは思いませんでした。ピロピロさんは80km過ぎのビールのあるエイドを楽しみに、先に出発されました。
私も次の目標をビールに定め、そこまでは頑張ろうと出発しました。
持ってきた「パワーバー」を食べてみました。まずくはありませんが色々食べ過ぎて胃がもたれてきました。
結局予定より多く20分くらい休憩していました。
靴下を履き替えたりエアーサロンパスを吹き付けた効果か、再び7分程度のペースで走れるようになりました。けどカヌー館で色々なものを入れすぎたせいか気持ちが悪いです。ガスターの世話になるか?でも食べ過ぎて気持ち悪いのだから効かないかな・・・と思い我慢しました。
 次の関門は71km付近、その前に沈下橋がまたあるとのこと。メールを見るまで知りませんでした。アマグリからのメールで、たろうさんも、9kmまで一緒に走ってもらったのがうそのように先のほうにいます。どうやらずっとクロちゃんと一緒に走ってるようです。
 せれさんやたけちゃんから応援メールが入ります。メールを見ようと思うと、どうしても走るのをやめて歩きながら見ます。自分としても、ちょっぴり走るのがかったるくなっているので、着信音が鳴るたびに歩いて休もうとしていました。たけちゃんから「歩いてもいいから諦めないで」と、メールが。そうだ、とにかく動き続けていればいいのだ・・・と言い聞かせて頑張りました。
 有名な沈下橋までたどり着きました。絶景です。この景色を見るために今まで頑張ってきたと思えました。
 アマグリと少し話をして、関門の時間などを尋ねたりして出発しました。観光客の方も応援してくれました。少し行くと自販があって、なんとなくコーラが飲みたくなってきたのですが、ビール、ビールがあると思い我慢して過ぎ去りました。
 しばらく行くと旗があって私設エイドがありました。梨をおいてありましたがとってもとってもおいしかったです。もっとガバッと取りたいくらいでした。
 なんとなく日が傾いて、涼しく感じました。もうこれ以上暑くなることもない、よかったと思いました。
 何とか関門通過しました。だんだん、エイドでの休む時間が増えてきます・・・が、いすには座ったりせず、水を飲んでしばらく歩いてから屈伸をする、メールを見る、といった感じです。屈伸するとむちゃくちゃ痛いです。ただ走るとまだまだ大丈夫そうです。次の関門79km?付近を目指して進みます。四万十川は相変わらず静かで雄大です。いつもは苦しいと目をつぶったりしてしまいますが、今回はなるべく景色を楽しもうと思いました。大きな橋の上を渡り、四万十川の雄大さを満喫します。思わず「すごい・・・」と声が出てしまいます。
 ちょっと記憶があやふやですが、民宿?のようなところを通り過ぎたときは横断幕がいっぱいあって、顔を覗かせる穴が開いた手作り看板とかもあって楽しそうでした。
 次の関門にたどり着いたときに、あと3時間で20km、ああ、もしかしたら完走できるかな?と思い始めました。1時間に7km〜8kmで何とかいける計算です。しかし80kmになったら、あと2時間40分で20km、大体1kmに9〜10分かかるときもあるので危ないなぁと思う気持ちと少しは歩いてもまだいけると思う気持ちの葛藤が始まります。とりあえず自販を見つけたのでリアルゴールドを飲んでみました。胃がスッキリします。本当はあと少しでビールもあるかもしれないのに。
 80kmを少し過ぎたら私設エイドを発見しました!やった!!でも遠目から見て誰もビールを飲んでません。麦茶っぽいです。あれ?ここじゃないのかな?でもここです。もうビールは売り切れてたみたいです。遅いので仕方ありません。麦茶を頂き、川えびのてんぷら1匹と、お汁粉と、ももジュースを頂きました。かなりノンビリ・・・本当はおすしも食べたかったですけど、胃もたれしそうで諦めました。「次の関門まであと2kmで40分あるから、余裕だよ!」との声を聞き、「そうか余裕だな!」と思いましたがそこから、次のキロ表示までがまず延々と長いです。気分的なものかな?キロ表示が出て驚きました。81km・・・当たり前だけど、あと2kmあります。歩いてたりしたら到底間に合わないのでやっぱり走ります。ちょっと歩いたりするとすぐに9分台になってしまいます。この辺りから、同じ人たちを抜いたり、また歩いたり水を飲んで抜き返される・・・ということを繰り返し、ちょっと嫌になってきました。本当は別に抜きたいわけじゃないんですが、走り出すとペースが上がって抜いてしまいます。ゆっくり走ればいいやとも思うのですが、ダメなようです。そして途中で嫌になってまた歩き出します。途中「飛脚」と書かれたTシャツの人を見ました。そうです、昔の飛脚の人は1日に100km以上走っていたのです。そんな憧れの?飛脚に私も近づいてるといっていいでしょうか?(多分違うけど)
 この辺りは川が見えません。もう、四万十川が見えないのかな?さようなら・・・と思いました。「中村市役所まで」という表示が、20kmを切り18km、のようになってきだしたので大分気が楽になりました。でも18kmだよ?感覚がおかしいとしか思えません。いつもの練習より長いのに。
 だんだん、暗くなってきました。そして、もう終わったと思っていた四万十川をまた垣間見ることが出来ました。キラキラと夕日が当たってとてもきれいです。実は前の日足摺岬から太平洋を見たときに、「こんな海だったら身を投げて死んでもいいなぁ・・・」と思いましたが、(いや、決してそういう気があるわけではなく、お遍路の本に「遍路に絶望し、身を投げる人もいた」みたいなくだりがあったのですが、こんなにきれいなら・・・とつい思ってしまいます)四万十川を見たら逆に「生きててよかったな」と思えました。
 だんだん貯金がなくなってきます。88km付近の関門も何とか通過しました。トイレにもより、あと1時間40分で12km、このペースなら何とかなりそうだ、と安堵感から歩くことが多くなってきました。暗くなり周りが見えなくなってきました。とうとうエイドに暖かいお茶やコーヒーが登場です。迷わず温かいお茶を飲みます。チョコもカステラも頬張りました。腰に光る棒を付けてもらいます。が、前の夫婦(82km過ぎくらいからずっと抜いたり抜かれたりを繰り返している)が懐中電灯をもって走っていたので、その後にハイエナのようについていきます。暗くて足元が見えないのでたまに携帯で照らしたり、またボランティアの車やバイクが照らしてくれていました。原油高の今、このようなことまでしてくれて本当にありがたいです。(というか環境団体とかが見たら怒るかもしれない?)最後の関門94kmまでちょっと余裕がありますが、暗いと足元がおぼつかず、ペースも上がりません。というか暗くて時計が見えなかったので携帯で時間を確認しました。今になって時計を見たら大体7分30秒くらいで走っていたようです。最後のほうは暗闇の中、「頑張って」というボランティアの方に「おつかれさーん」という男の人とほぼ併走してました。私も「ありがとうございます」と返していましたが声があまり出ませんでした。けど「頑張って!」に対する「お疲れさーん」と「ありがとうございます」がかぶり続けてなんだか恥ずかしくなってきました。
 最終関門を通過したときは余裕は5分程度しかありませんでした。あと50分・・・で、6km。もう間に合わないぎりぎりの時間になったので俄然焦りだしました。まぁ、関門さえ通過すればゴールはさせてくれるはずです。でも、頑張れば14時間以内で完走できるかもしれない・・・ そこからは、うってかわって走り続けました。もう最後のエイドもお礼だけ言って素通りします。沿道の応援の人も沢山いてくれます。子供達がハイタッチをしてくれます。ありがとう・・・の連発で、あと心の中の疑問はひとつ。「クロちゃんが言ってた最後のアップダウンってなんだ?」ゆるゆるした上り下りはあるけどまだそれほどきついのは出てこないようです。それが最後の最後に出てきました。ちょっと歩きましたが沿道の応援に励まされてまた走り出しました。5時間走のとき、休まず走られてた久保さんの言葉を思い出しました。「足がつってもいいから、30km走りたい」、そうだそれくらいの意気込みで最後まで走らなきゃ!と思い、力を振り絞ってペースをあげました。沿道の人の「お帰り!」「お帰り!」という言葉に、本当に帰ってきたんだ!!といううれしい気持ちが涌いてきました。最後、高校に入ったときはもううれしくてうれしくて、知らない人とも沢山ハイタッチしました。何とか時計が13時間代のうちに帰って来れました。ゴールテープを見たときは、泣くんだろうか?と思ったけど全然涙は出なくて、「やった」という気持ちと「ありがとう」という気持ちだけでした。というのも、殆ど練習をしてこなくて、とりたてて苦労もなくて、スタッフや応援してくれた皆さんに助けられて、楽しんでたらいつの間にかついてしまっていた・・・という状態だったからです。本当に完走??と思いました。思ったより、足も動いていてびっくりしました。
 背中に入れたお大師様を無事自力で中村にお運びすることが出来ました。
 前の人がお辞儀をするのを見て、私も振り返ってお辞儀をしました。
 ゴールのエリアから出たら、クロちゃんやたろうさんもとても喜んでくれました。4人全員完走で本当によかった!それほど疲れ切った感じはなかったですが、あとから写真を見たら顔が死んでました。
 これで、長いような短い14時間が終わりました。今回完走できたのは、多分気候が涼しかったからだと思います。蒸し暑ければとても完走はおぼつかなかったでしょう。それと色々アドバイスをくれたクロちゃん、9kmまで付き合ってくださったたろうさん、ビール情報を教えてくれた(飲めませんでしたが)ピロピロさんはじめ、皆さんの応援によりゴールでき、本当によかったです。ありがとうございました。