神宮外苑24時間チャレンジ兼IAU公認24時間走記録会挑戦記
2007年12月22〜23日
kotomiちゃん

私がこの大会を知ったのはコーチからのメールでした。凄くレベル高いけど走ってみれば?とのお誘いを受けたもののなかなか決心できませんでした。その理由は@昨年のレベルの高さを考えると私なんて場違いでは?A真冬の24時間走は寒くて辛そうB11月の学芸大24時間走にエントリー済、1月の宮古島は100キロ×2日の予定なのに12月に24時間走なんて・・・

でもラン仲間がエントリーしたという話を聞いたら、締め切りが近づくにつれ走ってみたいという気持ちが大きくなっていきました。11月の学芸大24時間走を走り終えて帰るとき沖山健司さんが「来月の神宮走りにおいでよ」と声を掛けてくださいました。世界の沖山さんが誘ってくれたのなら場違いではないよね?天候は激寒だったらしい去年より酷いことはないだろう(←大誤算!)。学芸大でケガしちゃったけど整骨院の先生が絶対神宮に間に合うって言ってるし、宮古島は楽しんでのんびりランだし・・・よし、走ってみよう!コーチにサポートをお願いしてエントリーしました。

最初は目標185キロ+α、自己ベストが更新できればいいやと思っていましたが、コーチとの事前の打ち合わせでなんと「200キロ目指そう」ととんでもないことを言われました。どう考えても無理な数字だと思いましたが、学芸大の走りを振り返ってみると10分睡眠×3とか何度もエイドで座ってゆっくり食事をしたりとか時間のロスがかなりありました。寝ない+給食はできるだけ走りながら、が実践できたらあと10キロ以上走れたかもしれない。200キロには届かないかもしれないけれど190キロ台は十分可能!

本番が近づくとだんだんやる気が大きくなっていきました。ところが前日天気予報を見ると「土曜日は午後から雨、日曜日の午前中まで降り続き、気温が低いため場所によっては雪」あ〜去年より酷い!天気予報はずれてくれ〜!!かなりテンション下がりましたが、もう頑張って走るしかないと自分自身に言い聞かせて当日を迎えました。

大会当日は朝早くコーチが車でお迎え。同じくコーチにサポートをお願いしているきたむぅさんと3人で会場に向かいました。雨の準備とか食料で大荷物になってしまったのでとても助かりました。会場に到着して車から降りるとめちゃめちゃ寒い!テントの中のストーブは点いてないしスタートして走り出すまではガマンです。受付を済ませて参加者名簿を見るとフル・100キロ・24時間走のベスト記録が載っていました。登録の部ではフル・100キロで私がダントツビリでした。凄い方ばかり・・・やっぱり場違いだったかなと少し弱気になりましたが、今回はとにかく200キロを目指すことが目標、順位は関係ないんだからマイペースで走ろうと思いました。着替えやエイドに置く食料の準備をしていたらnaoちゃんが応援に来てくれました。初24時間走観戦で緊張してよく眠れなかったらしい(笑)

9時になりランナーが一斉にスタートしました。いつもなら最初は少し抑え気味に走るのですが、200キロ走るためには100キロの自己ベスト(11時間19分)を更新するペースで走らないと厳しいので、キロ6分でいけるところまで走る予定です。

1時間経過 9.282キロ、2時間経過 19.89キロ このあたりで体が温まってきて調子がでてきました。走りながらの給食に初挑戦、意外と簡単にできました。

3時間経過 30.498キロ、4時間経過 39.78キロ、5時間経過  49.062キロ 予定どおりですが私にとってはかなりのハイペース、少し疲れがでてきました。まだまだ先は長いので少しペースを落として様子をみることに。

6時間経過 58.344キロ、7時間経過 66.3キロ、8時間経過 74.256キロ 気分転換に座ってしっかり食事をしたら元気になってきました。さらに次から次へラン仲間が駆けつけてくれてみんなの応援のおかげでペースがあがってきました。

9時間経過  84.864キロ、10時間経過 94.146キロ  100キロ自己ベストの可能性が高くなり、降り出した雨も気にならず、さらに元気になってきました。調子に乗ってどんどんペースを上げる私にコーチから「もっと余裕をもって100キロを迎えるように」と指示がでました。さすが冷静に見てくれています。75週+550メートルの100キロ地点の目印で時計を見ると10時間3855秒、自己ベストを40分更新!ほとんどエイドロスがないのも大きいですね。あらためてサポートのコーチに感謝です。あと100キロを13時間21分で走れば200キロ達成、十分可能な数字です。まだしっかり走れていましたが、コーチの指示で座って給食しました。応援に来ていたN野さんから「まだまだ元気だから200キロいけるぞ」と声を掛けてもらいテンションがあがります。「絶対200キロ走ります」と返事をしてまた走り出しました。

11時間経過 102.102キロ この頃一度家に帰ったnaoちゃんがまた応援に戻ってきてくれました。しかも旦那さんも一緒です。雨が強くなってきた頃だったので、「こんな過酷なマラソン、naoちゃんにさせたくない」なんて思われちゃうかなと心配しましたが、私の走る姿を見て感動してくれたそうです。良かった♪

12時間経過 110.058キロ 残り12時間、いつもなら少し辛くなる時間帯ですが、まだまだ快調です。

13時間経過 118.014キロ、14時間経過 127.296キロ、15時間経過 133.926キロ 少しペースは落ちてきたもののまだまだ200キロ達成できるペース。さぁ、ここからが勝負!ところがそんな気持ちの反面、辛い時間の始まりでした。日付が変わる頃雨と北風が強くなり寒さで思うように体が動きません。しかも内蔵もやられてきました。暑くて胃がおかしくなることは何度もあったけど寒くても食べられなくなるんですね。内蔵を冷やさないようにできるだけ暖かい物(オレンジジュースまで暖めてもらいました)を補給してきたのにダメでした。寒くて頭はスッキリ、全然眠くないのにまっすぐ走れなくなり、何度もコース脇の植込みに突っ込みそうに・・・。リタイアした選手もかなりいるようでコース上がかなり寂しくなってきました。

16時間経過 141.882キロ、17時間経過 148.512キロ、18時間経過 153.816キロ 寒い中、naoちゃんと店長はエイドゾーンの反対側の人気のないところで応援してくれました。ちょうど気持ちが切れそうになるポイントなので声をかけてくれて本当に助かりました。「辛いよ〜」とか「寒いよ〜」とか弱音を吐くとnaoちゃんは「はっぴーずのみんなが応援してるよ!夜中なのにせれさんたちが書き込みしてくれてる」と励ましてくれました。よし頑張ろう、と思って気持ち悪くても食べ物を補給することに。普通なら3口くらいで食べちゃう小さいアンパンを少しずつかじってお茶で流し込み10分以上かけて無理やり食べました。でも前進するエネルギーにはならず体温を上げるために使われてしまう感じ、全然力が出てきません。遂に歩き始めました。それと同時にどんどん体温が奪われていきます。店長が心配して「少しストーブにあたって回復させた方がいい」と声を掛けてくれました。テントの中のストーブの周りは休憩中のランナー、ランナーの濡れたシャツなどを乾かしているサポートの人達でいっぱいでしたが、震えながら入ってきた私をみつけたN野さんが場所を空けてくれました。ストーブにあたっているのに震えが止まらない状態、これではもう無理かも。またあの寒いコース上に戻るなんてできない、でもリタイアだけはしたくない・・・。あと5分でスタートしよう、あと10分、そう思いながらあっという間に1時間以上過ぎていました。ストーブにあたっている選手が「リタイアするのもひとつの勇気」なんて誘惑の言葉をささやきます。その通りかもしれないなと思いながら、ふとコースを見ると傘をさして歩いているランナーが通過、その瞬間決心しました。持ってきた着替えを全部着込んで傘をさして歩き続ければそんなに寒くないはず、少しでも記録が伸びるし、24時間経過時にコース上にいれるだろう。コーチにテントを出してもらって着替えをして再出発の準備、ストーブのまわりのみんなは「えっまたコースに戻るの?!」と驚いていました。

19時間経過 155.142キロ、20時間経過 155.142キロ 結局2時間も休んでしまい、もう200キロは無理、自己ベストもかなり厳しい、でもあと4時間歩けば170キロ位はいけるだろう。まだ冷たい雨の降り続くコースへ戻り再スタートしました。2時間も休憩したので脚はすっかり復活していますが気力はまだ復活せず・・・できるだけ濡れたくないので傘をさして歩き続けました。セーターとコートまで着ているのに歩きでは寒くなり、体を温めるために少し走りを入れました。体温が上がってくると少しずつ内蔵も復活し、固形物も食べられるようになりました。夜が明けて雨が小降りになると走る気力がわいてきました。よし、ラスト1時間は走ろう!

21時間経過 161.772キロ、22時間経過 165.75キロ、23時間経過 171.054キロ セーターとコートを脱いで走る準備完了、元気に出発!あ〜こんなに走れるならあと1,2時間前に走り出せば良かった、と少し後悔。もうあとたった1時間、できるだけ記録を伸ばすぞ〜。ラスト1時間は楽しく走れました。24時間経過の合図でストップ、こんな過酷なレースを元気に終えることができ、正直ほっとしました。足元に木片を置いて計測してもらいます。

24時間経過 179.469キロ 記録的には微妙な感じでしたが、女性の上位陣でさえ200キロオーバーがでなかったことを考えれば「よく頑張った」かなぁ。でもあの悪条件の中自己ベストを更新した選手もいたのです!やっぱり時間が経つにつれ「あの時もっと粘って走ればよかった、200キロが見えていたのに何で簡単に諦めてしまったんだろう」という悔しさが大きくなってきました。せっかくサポートしてくれたコーチにも申し訳ないです。私のわがままな要求にも嫌な顔ひとつせずサポートしてくださって本当に感謝しています。

いつの日か200キロオーバー達成するぞ〜!!